第一部 四節 討伐前夜

 行き倒れの剣士がこのアマミヤ家に、客人として来てから四日目。
その日はいなかった父さんが帰宅し事情を説明すると
ミュラのことを大いに気に入ったらしく、おかかえにならないかとまで言い出した。
その話は、ミュラの方から断ったらしいが、そんな事まで言い出す父さんは始めて見た気がする。
終いには、大振りの両手剣を持ち出してきて

「折れた刀の代りに、これを持っていきなさい。剣士が剣を持っていないと格好がつかんだろう。」

などといいながら手渡していた。

そのことが一段落すると、父さんに別室へ呼び出されこってり絞られた。
星探しを、秘密にしていた事とリラまで巻き込んだ為に余計に怒られ、
二時間近くたってようやく開放されたところである。

さすがに、気落ちして部屋で横になっていた。

結局、あの西の砂漠には
いまだに退治しきれていない大蠍などがいる可能性がある為
アマミヤ家の開いた地域会議によりあの一帯を交通路からはずすことになった。
すでに連絡が伝書鳩によりモロコへ届いてるはずだ。

西の砂漠が通れなくなると、大きく迂回しなければならなくなる。
そうなると、余計な旅費がかさむ事になり、
行商だけではなく一般の旅行者にとっても大きいな痛手になる。
父さんは、どうするつもりなのだろうか?

コンコン

「チカさんちょっといいかな?」
ミュラの声だ。

「なぁにぃ。今あんまり気分よくないのよ。」

「さっき、プロンテラのギルドから連絡があってさ。
応援が着き次第、西の砂漠一帯のモンスターを一掃する事になった。」

「えっ?そうなの?」
体を起こしドアを開ける。ミュラとリラの姿が見えた。

「モロコ支部から今日の夕刻あたりに応援が来るらしい。まぁそんなわけで色々お世話になったからお礼でもと思ってさ。」

「そんなの別にいいのに。ところで援軍はどれくらい来る訳?」

「剣士ギルドの者が13人。新人が大半だな。」
精悍な顔が曇る。
それだけでどの程度、危険なのかが察知できた。

「13人で大丈夫なわけ?戦闘素人とはいえ60人近くの人が死んでる所なのよ?」

「どうにかするしかないだろ。君のお父さんにもお礼がしたいしな。」
肩の両手剣に手を添えながら言った。

リラがちょっと前に出て口を開く。
「チカ。私も一緒に行くことにしたの。剣士さんだけだと回復とか難しいだろうと思って・・・・
 だから、あなたの星探しのお手伝いできなくなりそうなの。」

「そっか・・・まぁ無理やりにつき合わしたもんだしね。気にしないでいいわ。
 そのことで怒られたし、しばらくおとなしくしてるつもり・・・。
 そうねぇ。ひさびさにイモでも焼いて売るかな。暇だしさ・・・・」

カラ元気だ。何もできない自分に心底腹が立つ。

「そうよ。チカは商人なんだからしっかりお金稼ぎなさい。
 あ、そうだ。今度、焼きイモの売上でアークワンド買ってもらおうかな・・・それともサークレットがいいかしら・・・」
真剣に悩んでいる。

「ちょっ、そんなの自分で買いなさいよ!いつもそうやってあたしに買わせるんだからっ」

「しかも、ついこの間ミンクのコート買ってあげたばかりじゃない!あれ、店売りじゃない物だから高かったのよ!?」

リラは、ニマ〜と笑い
「ふふふ。そうそう、チカはそうじゃないと。」

「私は自分の本来の仕事に戻るだけよ。チカもあなたにしかできない事で貢献すればいいじゃない。」

「リラ・・・それって、結局アークワンド買えってことでしょ?」

「あら、ばれた?」

「はぁ・・・・・。」

「ぷっ・・・あはははは」

「な、なによぉ。。。」

「いや〜。わるいわるい、君らホントに仲が良いんだなぁと思ってさ」

「ほんと君達といると退屈しないよ。チカさん・・・」

「チカでいいわ。”さん”付けなんていいかげんやめて頂戴。」

「んじゃ。チカ、、、この作戦うまくいくにしろ、いかないにしろ7日ほどで決着がつくと思う。」

「それでお願いなんだが、7日後西の砂漠を探索して欲しいんだ。君自身じゃなくできるだけ戦闘慣れした奴らがいい。」

「ようするに、成功したのか失敗なのか白黒はっきりさせたいてことね。」

「そうだ。もし失敗してたら連絡のつけようがない。リラさんも精神力が尽きる可能性だってある。」

「手配できるか?」

「やってみるわ。父さんにも相談してみる。」

「頼む。金は前金がいいか?手付ぐらいしか出せないと思うが。。。」

「いいわよ。あなた達は、治安の為に行くわけでしょ。それじゃ街道を利用する私達にも払う義務があるわ。」

「・・・すまない。じゃそろそろ行く。リラさん先に行ってます。」
ミュラが部屋を出て行く。

「リラ・・・死んじゃだめよ。」

「大丈夫だって、屈強の剣士が13人もいるのよ?それにいざとなったら14人全員ポータルで逃げてくるわ。」

「・・・・・・・。」

「そんな顔しないで、チカらしくないわ。・・・あ、もう行かないと」
ほんの少しだが手が震えている。怖い訳がないのだ。
それでもリラは悟られまいと必死に手を押えている。

「それじゃ、アークワンドの件よろしくね〜。」

「・・・・わかったわよ。買ったげるから生きて帰って来なさい。約束よ。」
リラは、後ろ手で手を振りながら部屋を出て行った。

「・・・さて、忙しくなりそうね。」
早速、手配の事に考えを及ばせる。どの方法でどのような人物が適任か。
商人として知り合ったすべての客と照らし合わせ始めた。

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 震えている。もちろん恐怖の為に。。。
聖職者になってから覚悟をしていた事だが、改めて直面するととてつもなく怖い。

聖職者は、おおまかに神官、医者、薬剤師、そして僧侶に分類される。

神官は、名の通り教会に仕える者。
医者は、聖職者のヒールを最大限に利用し治療することを専門に行う者。
薬剤師は、豊富な薬草の知識を使い薬品を調合する者。
僧侶は、戦闘に参加し、後方から援護、回復などに回る。
いわば、戦略的には要にもなる重要ポスト。それゆえ狙われる事も事実。

私は、それでも僧侶になる事を選んだ。



プロンテラでも比較的大きな家に生まれた私は、何不自由なく育った。厳しいが優しい父。温厚な母。
一人っ子だった事もあり本当に大事にされていたと記憶している。
そう過去形なのだ、父と母はもうこの世にはいない。ある晩、我が家に強盗が入った。
母は、寝室でナイフで一突き。
父は抵抗したが、私を守りながらでは不利だったのだろう。玄関まで着いたとき喉を掻き切られた。
まだ、15になったばかりの私は半狂乱になり父の亡骸にすがった。
その声を聞き2人の門兵たちが駆けつけたが、相手は6人もいる。

それでも懸命に私を守りながら2人は逃げた。
1人が逃走中に、時間を稼ぐと言いその場に残った。
私は、なお泣き続けた。
すると門兵の1人が、
「泣かないでください。お嬢さん。我々は、あなたの家の警護が仕事です。
それが満足ができなかったのですからこうするのは当たり前なのです。」
そう言うと彼は笑った。

彼は、ラデルと名乗った。
そして、時間を稼ぐといい残った人の名は、セルモというらしい。

ふっと目の前を黒い影が立ちはだかる。追っ手だ。
ラデルは、私を脇にあった小さな路地へ押し込むと
「逃げなさい。このまままっすぐ行けばお城に着くはず。
そこで匿って貰うのです。ここは私が何とかします。」
言い終わる前に強盗の一人が襲い掛かってくる。

「行きなさい!早く!!」

私は、その声に背中を押され走り出す。涙が止まらなかった。
5分もしないうちに、お城に着きそこで匿われた。
私は助けて、助けてとしか言わず城の門兵はかなり戸惑っていた。
それでも、城の中へ入る事ができ、ある程度事情を解した城の警護団が私の家に行ったようだった。

家は、強盗に放火され警護団が着いた頃には手がつけれないほど火が回っていたのである。
私を助けてくれた2人は、大通りでセルモの遺体が、あの脇道のすぐそばでラデルが重症で発見された。
彼は奇跡的に回復したのち、私を引き取り養子にまでしてくれた。
本当に恩人というのはこういう人を指すのだろうと思う。
私は彼の恩に報いる為に聖職者になる為に必死に勉強をし
そのおかげか私は大学で首席を取り若手の中では指折りの聖職者とまで言われるようになった。

・・・・が、治療の甲斐もなくそれから三年後、ラデルは体の深い傷が祟り39歳の若さで他界した。
ラデルの傷を癒す為に聖職者になったというのにその対象がいなくなり、本当に何をして良いのか目標を失っていた。

教会で神官の手伝いをしながら思考もせずただ暮らしていた時、チカに出会う。
一年ほど前の話だ。彼女は生命力に満ち溢れてそして何より目標を持っていた。
彼女がまぶしかった。私に欠けている物をすべて持っていたからである。
それでも私達は意気投合しいろんな話しをした。

私は、彼女に出会い彼女の目標を手助けすることに自分なりの目標を見出したとき僧侶になる事を選んだ。
戦闘で傷つき倒れる人を傍で助けたい!
私の両親、ラデルやセルモのような人をもう見たくない!
それが新しい私の目標だった。


そして今、私は初めて戦闘に参加し命尽きるまで終わる事のない目標の第一歩を踏み出す。

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五節に続く